飲むひと飲まないひと食べるひと食べないひと問題

飲まないひと飲めないひとたちがわりとよく思うこと。ネットで検索すると時折議論されているように思えるし、私にとってわりと長年の悩みでもあったり。。。

飲み会は嫌いではない。わいわいするのも楽しい。お酒の力を借りつつ心を許してくれるのも。。ただ、私はお酒がこの世の中からなくなっても困らないし、こんなことで悩むなら時になくなってほしいと思ってしまう。一生禁酒といわれても、困らない。コーヒーは困るけど。そのレベルの人です。仕事終わりのビールが楽しみとか飲んでぷはぁー!と気持ちよさそうに飲む人を見ていて嬉しい気持ちにもなったりもするけど。

ただ、根本的にお酒は高いし、だったらその分おいしいものを食べたいって思ってしまう。

だったら食べ物の質を上げたい。別のものに回したいと思ってしまう。

なにがいいたいかって、こんなこというとケチくさいとか器が小さいとかさ、思われたり、空気を壊したくないから言ったことないけど、

はっきりいうと飲む人と飲まない人が同額払わなきゃいけないことにもやもやする。

楽しい飲み会だったより、みんな飲んだなーって思ってしまう。

ネットにもよくこの問題をみかける。

田中れいなさんの記事を引っ張ったけど、うまくいかなかった。

https://www.google.co.jp/amp/s/news.careerconnection.jp/?p=14266&=1

 調べる度に飲めないならその分食べたら良いとか、その分デザートを頼んだら良いと見かけるけど、、食べるし飲むし甘いものも好きだしみたいな人も良くいるし、そもそもそんなに食べれない。飲むけど食べない人もいるから一緒だよとか言われたりもする。飲み代を安くするために、安いチェーン店にいきがちだし、飲むために飲み放題をつけたりする。どっちもの願いを叶えるなんて無理なのだ。

これからツアーが始まり、飲み会も頻繁にあるかもしれないし、ないかもしれない。ただ、飲み会があるのかーと思うとツアー自体が億劫になり、行きたくないなぁと思ってしまう。まぁ、飲み会に行かなきゃいいんだけどね。

行かないというと、なんで?行こうよとなる空気も強制的に連れてかれるのも、気が重い。

 

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 地元の友達がリプくれたけど、これが全てだとと思った。それだけのつながりのための関係なのか。その程度なら最初からいらないのかもしれない。ただ、私はこの人のように割り切れる強さがない。ほしいな。その強さ。

別に行かない飲み会でなに話していようと

どんな進展があろうと、自分と話したい相手なら連絡はくるだろうし、話す機会をつくるだろう。疎遠になるのもその程度の関係なのだ。

となってくると飲み会だけじゃなく、つきあいみたいな遊びも全部排除したくなってきた。どちらでもよいもの、そんなもの全て。深い付き合いができる人だけとつきあいたい。ただ、飲み会の席でそんな人と出会うかもしれないけど。それはそれ。

一年後、二年後、五年後、今仲良くしてくれてる人、知り合いがどれだけ、まだ関係が続いているのだろうか。何人が特別になっているんだろう。誰かにとって自分も排除したいメンバー、神7かもしれないし、誰かにとっては鬱陶しい存在かもしれないし、そんなことわからない。

 時に望まれてもいないのに、楽しませなきゃとはりきって無理をして別れた後にぐったりしたり、うんざりしてしまう。誰も望んでないよ。結局みんなに好かれたいだけでしょ。おもしろい楽しい人って思われたいだけでしょ。

 

http://djaoi.blog.jp/archives/72283344.html

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