個人的感情

 

今日はお父さんの命日だったんですよ。

16回忌ですかね。

お父さんの命日とかお父さんの誕生日とか辛くて、無理なんですね。

いいかげん自分に呆れるんですけど。

 

だけど1人でいたくないんです。

もやもやするんです。

あなたのぶんも生きたいとか思えないんです。

代わりたかったんです。

 お母さん見てるとたまに辛くなる。

旅行にはいつもお父さんの写真もってくるから。

 

いろんなことが起きたり、騒いだり、もやもやしたり、

日常をいつも通り過ごしたい。

 

 

いきなり誘ってもタイミングよかったり、会えたり、嬉しいなぁ。

 

 

16分と12分

電車は16分後までこない。

乗ってる時間は12分。

 

東京で慣れた電車。

 

昔は乗れなくて乗りたくなくて誰が触ったかわからないものも誰かの視線も声も全部いやで

甘えていた。逃げれるものは全部逃げた。

 

乗ってる時間はたった12分。

たった12分だったのに。

今はこんなにも短く感じる。

東京はすごい。東京はこわい。

あんてな

どうでもいいことで落ち込んだり、精神もってかれたりするよね。

今日はクソやろうが自転車二人乗りしてたんだけど、クロスバイク的なやつだったんだけど、前輪に1人座らせて、あぶないあぶないって騒ぎながら乗ってるのをみて、悲しくなった。

あのまま倒れてクルマにひかれたらどうするんだろ?クルマを運転していた方は少なからず、罪になるでしょ。10:0なんてありえないよね。運転している限り。ふざけて乗って死んだらどうするんだろう。悪いことがカッコイイってださい。壁に張り付いたガムも、それを見て悲しむ人がいるってなんでわからないんだろう。

もやもやもやもや歩くのは曇りだからかな。

 

新潟の行きの新幹線に乗っている。ガタガタガタガタ

きれいなホテルに泊まって明日は親友の結婚式。スピーチにドキドキドキドキ。

今日は寝れるかな??

 

お母さんと食べるパンとどら焼きを買った。

お母さん喜ぶかな?おいしいっていってくれるかな。

 

経験不足、不足、足りない足りない足りない。

 

好きになってほしいなら、自分を好きになれっていうけど、好きになれない自分はもっと魅力的なわたしになれってことでしょ?

マイナスのことばっかり言っても、負の言葉だからいいたくないのに、だめだなぁ。

聞きたくない。聞きたくない。ミュートしたい。

友達ってなんだ。変わらない関係でいれるってすごいな。こんなに環境も変わっていくのに。

環境が変わっても、変わらない関係でいれる子大切にしたい。深く深く。

変わることもよいこと。変わらないこともよいこと。

どちらにせよ、納得して生きていきたいのに、

全然納得してないな。

 

感受性豊かって全然いいことなくない?

世の中がこわくなる。どんどんこわいことばかり。

 

今日販売から事務に転職した人の記事を読んだ。よく気がきくいわれると。逆にみんな全然周りを見えてない人ばかりだってかいてあった。

販売の経験がいかされている。周りをよく見て行動する。そっか。気づかなかった。

たしかに飲食や販売を経験すると

あの人注文そろそろかもとかおしぼりほしいのかなとかお会計かなとか先を読んで行動するし、販売はその人の好みを会話の中で見つけていかなきゃいけないし、なにかひっかかるものを探す。アンテナをはる。

なるほどな。この経験は悪いことではなかった。そんな発見。新しいはっけん。

 

 

次が最後

次で最後にしたい。そう思ったら踏み出せなくなった。もう2ヶ月も経っている。なにがしたいかなんてわからない。なにができるかなんてわからない。こんな人いらないよ。ずっとコーヒー屋さんで働きたかった。学生の時から憧れていた。スタバの募集とはいつもタイミングが合わなくて、ご縁がなかったってことね。そう思って諦めた。給料が半分になっても好きなことをするか、現実をみるか、実家じゃないから、好きなことをするためにはある程度の我慢が必要だろう。かけもちも必要かもしれない。君にそれくらいの強い意思はあるのかい?仕事を辞める前耳鳴りがひどくて、聞こえなくなるのが怖かった。親が突発性難聴になっていて、同じ症状だったから、怖くて仕方なかった。会社にいるときだけ鳴る。ずっと虫がいる。君はもうおうちに帰りなさい。すぐ実家に逃げた。いつも仕事を辞めるか死ぬかの選択に迫られる。そっちを選択したことも何回かあった。なのに、いま私は。焦る焦る焦る。なのに、動き出さない私は、甘えであり、なまけものなのだ。魅力がない。そんな人どの会社がほしいと思うんだ。書類選考通過して面接に行く会社を調べていたら、ブラックだとか逮捕だとかでてきて吐きそう。その仕事私がやりたいことなのかな。微々たる経験がなにになる。なにができる。この世界からかくれんぼ。

楽しんだもん勝ち

全てにおいて受け取り方は自分次第で

自分の意図してない方向に相手が受け取ってしまうこともよくある。逆も然り。

 

 

どんなことも

楽しむか楽しめるかどうかは自分次第で

うまく楽しめない時も自分の気持ちが影響されて悲しくなる。

 

加賀温泉郷フェスにいった。急遽前夜祭から参加して、知らない人ばかりで緊張していたけど

Nachuさんがミッドナイト清純異性交遊を1曲目に流したので、

うわぁぁ!ってなって戸惑いながら

慌ててフロアに走った。

https://youtu.be/WdQ6wmap8U4

 

懐メロがたくさん流れてだんだん楽しくなる自分。よかった。いつだって楽しむかどうかは自分次第だ。ゆふぃすとさんを初めて見た。みんな楽しそうで、法被が素敵だったし、ゆっふぃさんも本当にかわいくて、アイドルだった。

昔はオタクの方々が苦手だったし、たしかに初めていったPerfumeライブも9.5割くらい男性だったし、オタクだったし、オタクの人は優しくていい人もたくさんいるのに、イメージはコミュ障だった。Perfumeの時もよくしていただいた。

大森靖子さんのファンをみてオタクのイメージが変わった。全力で応援し、全力で楽しんでる人達だった。全然コミュ障じゃなかったし、盛り上げ上手な人だって、思いやれる人もたくさんいた。オタクって勝手に男性のイメージだったけど、そうじゃないみたい。誰かから見たら私もオタクに見えたりするのかな??

なんだろうねオタクって。なんだろうね。

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オタク(おたく)とは、自分の好きな事柄や興味のある分野に、極端に傾倒する人を指す呼称。 アニメ、漫画、玩具、映画、コスプレ、ゲーム、アイドル……。 さまざまな大衆文化があるが、そのような特定の趣味の対象および分野の愛好者、ファンを指す語として使われる。 英語ではこのよう趣味を指して「otaku」でも通じる。
オタク (おたく)とは【ピクシブ百科事典】

 

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なんだ、やっぱり人生楽しんでる人じゃん。

 

 

浴衣で騒いでハイになってみんな楽しそうでこっちも嬉しくなってめっちゃ良い温泉入って、はとりもるりこうにも泊まって、温泉温泉温泉入って、お風呂って心を許すのか、いつだってゆっくり話したくなる。

昔行った温泉音楽。あの時はデデマウスとかテイトーワとかceroききにいったんだよね。

友達と温泉でゆっくり話した。そんな彼女の結婚式のスピーチを頼まれた。

 

2012年4月22日(日) 新潟県 月岡ニューホテル冠月・冠月ホール
<収録曲>
LIVE:TOWA TEI / DE DE MOUSE / みち(安齋肇小野瀬雅生フォークデュオ) / 前野健太 / cero / Omodaka / 片想い / Naturally Gushing(サワサキヨシヒロ feat テディ熊谷)
DJ:ミッツィー申し訳、さとうまこと

 

あれ?前野健太さん?!

なつかしい。あのころ。デデマウスのプラネタリウムイベントも最高だった。MEGもカプセルもダイシダンスもDJmakai も。takutakahashiさんのDJが1番すきだった。ハウスネーション。クラブで遊ぶのがおしゃれだと思っていた。今でもそこで出会って仲良くしている友達。ふしぎ。そもそも目立つキャラじゃなかった。

 

 たまにタイムスリップする。

忘れちゃいけない思い出。忘れたい思い出。

 

 

 

おじいちゃん

 

父方の祖父がなくなり、地元に戻った。

祖父とは4.5年あってなかった。会わなくなるきっかけを作ったのも私だ。祖母と私の問題。ここ数ヶ月妙におじいちゃんのことを考える瞬間があり、このままじゃまずいな、会って話さないと。でも追い返されるのかなとかいろいろ考えた。

きっかけはただ、祖母に会うたびに、お母さんの悪口?やお父さんがもしも生きていたらトークをされるので、

もしもなんてないし、もう死んだし、そんなもしもにうんざりしていた。だからぶちぎれた。大人気ない。いつだって感情的になる。

 

おじいちゃんが亡くなった。

もしかしたらお葬式には呼ばれないかも。そんなことも考えた。親族だけで。それがおじいちゃんの願い。逢うタイミングをつくってくれたの?

 

93歳。老衰だ。生きとし生けるもの。命に永遠なんてない。

ご飯が食べれず、栄養失調になり入院し点滴の生活だったらしい。なにも知らなかった。

ごめんなさいの気持ちしかなくて涙が止まらなかった。花を手向ける時は歩くのもやっとだった。号泣してしまった。ごめんなさい。ごめんなさい。

お父さんにやっと会えるね。お父さんは元気ですか?天国なんてものあるんですか?

 

会いたい時に会える時に会わないと

本当に会えなくなっちゃうよ。

帰れる時に帰らないと会えなくなっちゃうよ。

いつでも、ずっと、そんなものない。

 

私が明日いないかもしれないし、

あなたが明日いないかもしれない。

大切な人を大切にしたい。忘れがちな気持ち。

 

逢いたい人に逢おう。好きな人に逢おう。

逢ったらたくさん笑いあおう。 逢ったら抱きしめよう。

 

剣がほしい

癌だと宣告されました。妻は胃液を出すまで吐いてます。

いつもならぜったい見ない父との共有のEメール。なぜかその時だけそのメールがどうしても気になって開いてしまった。見たくなかった。知りたくなかった。

 

 師走。12月。年末年始。父は私達家族に、お父さん検査入院することになったんだ。さらにふざけてお父さん死ぬんだといった。なにいってるの母が言った気がする。

年明け父は入院した。手術は成功したといわれた。若いから体力の回復が早いとリハビリした。たまにお見舞いにいった。

落書きのメモを残した。盾しかないから、剣がほしいねと絵を描いた。

 七月退院した。いや八月かもしれない。わからない。

帰宅してもむせてばかりで苦しそうだった。熱も下がらなかった。体調も悪かった。

手術成功したとというのはお母さんの優しい嘘だったのかな。今でもわからない。最近まおさんのことがあったから、ステージいくつだったの?ときいた。

再度入院した。自分で痰もとれなくなった。

何度も病院に呼ばれた。朝の5時だろうが、不安になりながら、病院にいった。

奇跡は起きるものだと思っていた。だからこそ、奇跡なんじゃないの?ずっと自分が悪い子だからいけないんだって思っていた。大切な人が死んで自分が生きることが許せなかった。変わりたかった。私が死にたかった。

 

九月。朝8時。電話が鳴った。いつものことだから学校に行った。いつも通りに。

学校で先生に呼び出された。悲しい笑顔でおうちに帰りなさいと。またいつものことか。天気雨の中、5分もしないおうちに帰る。家に帰ると玄関をおばさんが開けてくれた。なんで??濡れた私にタオルを渡してくれた。お父さんに会いなさいといった。部屋には知らない人がいた。喪服をきていた。お父さんがいた。白い布がかかっていた。受け止められない現実と一瞬で受け止めた現実に泣いた。中学二年生、14歳のことだった。

バカみたいにお葬式もお通夜も泣かなかった。泣いてる姉やお母さん。現実を受け止めてないのか、泣いたらお父さんが成仏できないと思った。お母さんは痩せた。ごはんをたべれなくなったから。それからお母さんは電話で誰かと話しながらよく泣いた。お母さんはぼーっと物思いに耽るようになった。知らなかった。今まで、ちゃんと家族を見てなかったんだ。お母さんがぼーっとしていることなんてなかった。それまでお母さんが泣いているところなんて見たことなかった。1番近い距離で私は1番大切な家族をちゃんと見れてなかった。がっかりした。家族には笑っていてほしい。ふざけてばかりいた。心がついていかなくなった。

お父さんのいない人生の方が長い。お父さんより歳をとりたくない。変わらないお父さんに近づきたくない。記憶の中から、声が顔が消えていく。忘れたくない。忘れたい。生きてほしい。